コツコツと私は人工受精を繰り返していた。2回流産した私に功ちゃんはいう「別に子供いなくてもいいよ。」うれしかった。でも功ちゃん自身も疲れてきている様子も感じた。まだいけると可能性を感じていたのもあるけど、あきらめもつかないし、病院に通うのも日課のようになっていて、なかなか生活を変える気にもならなかった。とにかく体を鍛えることに専念した。 そしてその成果もあってか3度目の妊娠。でも2度の流産を経験している私は今までのように単純には喜べず、これから先のことを考えた。考えてみると勿論子供を産むことも大変だけど、産んだあとの子育てはもっと長くて大変。出産するところまではほんとにスタート地点なんだなと。そう考えると世の中のお母さんはみんなすごい。みんな尊敬する。そこにはすごい苦労があるんだろうと思う。そしてあわせて喜びと幸せがある。昔受けた会社の研修で、喜びや満足感は苦労した結果として得られるものが一番大きいと聞いたことを思い出した。誰もその先の喜びを求めずにただ子育てに専念する。無償の愛。この世で最も美しいとも思える愛情の形なんだと私は思う。 先生も当然流産を気にしてくれていた。「低用量のバファリンを飲んでみましょうか。血液をサラサラにする効果があって、原因不明の流産には効くことがあるんです。低用量だし胎児には影響はないですよ。」バファリンって解熱鎮痛剤だと思っていたけど、血液をサラサラにする効果があるなんて初めて知った。ただ私は痛み止めにはかなり弱い。ロキソニンを飲んで肝臓の値が無茶苦茶になったことがあった。胎児に影響がないといわれても当然個人差はあって、全員が全員そうなのかと疑ってしまう。市販のバファリンは飲んだことがある。副作用が出たことはなかったけど、若い時の話でここ最近で飲んだことはない。ロキソニンと同じ解熱鎮痛剤だと思うと、私はあわないんじゃないだろうかとどうしても考えてしまう。血液をサラサラというんだけど、私は血圧も低いし、問題ないのではなかろうか。でも先生のことは信頼しているし、なんとか今回は流産せずにと考えて下さっているのも感じるので、素直に先生のいうことを聞きたい気持ちも勿論ある。どうしよう決められない、どうしよう。色々話した結果、先生がいう「迷うようでしたら止めましょうか。」ということで、あっさり薬は飲まないことになった。 そして迎えた7週目。まだまだ認識初期とはいえ、ここまで来たのは初めてのことで、なんと胎児の心拍が確認できた。ほんとに小さくだけどトクトクと動いている。すごい。こんな小さいのにほんとに命なんだと感じた。胎児心拍が確認できると、少しは流産の危険が減るとのこと。先生も少しだけほっとされたようで、「心拍も確認できたのでおそらく大丈夫でしょう。」そして実際の出産の話になる。出産は結構混み合うので早めの予約がいいらしい。まだ8ヶ月も先のことなのにとは思ったけど、予約を入れることにした。先生から「出産はどこの病院でされるか決めていますか?」と聞かれた。「いえ決めていませんが、高齢でリスクもあるかと思いますので、設備の整っている病院がいいです。こちらの大学病院でお願いできませんか。」先生はにっこり笑って「わかりました。うちの病院で予約をとりましょう。」そしてものの数分で「大丈夫。予定日あたりで予約がとれました。」と言ってくれた。ちょっと失礼ではあるけれど、美人とはいえないかと思うお顔だちの先生の笑顔が私には聖母マリア様に見えた。キリスト教徒ではないから聖母マリア様という例えはお叱りを受けるかもしれないけど、世界中の人の幸せを心から祈っているような笑顔だったと私は思う。 病院を出たあと、区役所に母子手帳をもらいにいった。「お腹に赤ちゃんがいます」キーホルダーも一緒にもらった。窓口の方に言われる。「初めてのご懐妊ですか。おめでとうございます。」なんだかくすぐったいような気恥しいような気持ちにもなったけど、うれしかった。 生活は自分では気をつけたつもりだった。掃除機をかけるのが案外お腹に負担をかけるような気もして掃除もおさぼりした。でも仕事は残業もこなしてはいた。仕事はほとんど机に座っているし、強いストレスも当時はなかったので問題ないようには思っていた。 なのに。お休みの日に買い物にでかけた帰りのバスの中で少しお腹が痛くなってきた。でかけて買い物となると2-3時間は立って歩いていることにはなる。これが良くなかったのか!? その夜さらに腹痛と少し出血。翌朝あわてて病院にいったところ、まだなんとか赤ちゃんはお腹の中にはいたものの、子宮内でかなり位置がさがっており、これはもう流産は避けられないとのことだった。感情が凍りついた。そして先生もまるで自分のことのように「バファリンを飲んでいたらどうだったのか。」と後悔されていた。考えると私はコレステロールが高いので血液はサラサラではなかったのだとそのとき初めて思った。自分の気持ちもだけれど、先生のつらそうな顔が何よりつらかった。こんないい先生にどうしてこんな顔をさせてしまったのか。 それからしばらくは生理もこず、数か月後、私は不妊治療を止めることを決意した。実際もう難しいというのはあった。子育てと仕事は両立できないとよく言われるけど、だから仕事をとったということでもない。 私は結構子供に好かれると思う。友達の子供に会うとすぐ子供は私に寄ってきてくれるし、どんな子供でも可愛いなと私も思う。子供は好き。自分の子供でなくても可愛い。一緒に生活して情がわくのもきっと同じ。私という遺伝子よりも、人間という種の保存を考えるなんて難しい話ではないけど、世の中には親と暮らせない子供や貧しい子供達がいることを考えれば、ほんとうに子供がほしければそういう子供達を引き取るという選択肢もある。だいたい功ちゃんも他人だけど家族になってる。友達だってみんな他人だけど家族のように仲の良い人もいる。血のつながりがなくても、みんなきっとわかりあえる。 不妊治療をして、先生をはじめ、多くの人の優しさに触れることができた。色々な違う世界を見ることもできた。それは私の財産。 私は3人の子供がいたけど早くに亡くしてしまったのだと思う。その分でもないけれど、これからは自分と関わる子供だけでなく、できる限りの人の幸せを願いたい。自分にできることはしてあげたい。血のつながりなんて関係なく。それがきっと私の幸せになる。 2021年ももうすぐ終わり。最終回がぎりぎり間に合ってよかった。これを読んでいる皆様がきっと幸せでありますように。
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