「妊娠してますね。」それは思いもよらない出来事だった。 体外受精で卵が2つとれて、1つを戻して1つを凍結保存していた。1つ目は受精はしたものの、残念ながら着床せずでうまくいかなかったけど、「もう一つ凍結している卵がありますから、次回の周期でこれを戻しましょうか。」と言われて行ったことだった。凍結したら可能性が下がるんじゃないだろうかと、勝手に思っていたようで、せっかく卵があるし、先生もこれを戻したらと言ってくれているので、じゃあそれでいいかと機械的にやったというのか、とにかく全く期待はしていなかったんだと思う。妊娠といわれても、最初全然ピンこずで信じられず、「え? ほんとですか?」と聞くと、先生はエコーで私の子宮内を映してくれた。「ほら、ここに小さな塊があるでしょう? これですよ。」 全く実感はわかなかったが、うれしかった。うれしかったという表現ではダメか。心の底から元気が出るというのか、ワクワクするっていうのか、とっても機嫌がいいっていうのか、今はイヤなことを言われてもなんでも笑顔で許せるようなそんな気分だった。 でも、残念ながらそれは長くは続かなかった。それから2週間後のこと。「受精卵が全く成長していないんです。」と言われた。初期は受精卵もどんどん成長していくんだそうですが、それが2週間前と変わっていないとのこと。このまま放置しておくと、逆にこの受精卵が異物となり、最悪ガン化する可能性もあるとのことで、簡易手術でかきだす処置をする必要があるとのこと。「せっかく妊娠したのに、それをかきださないといけないんですか? 切ないですね。」というと先生もこうおっしゃった。「はい。切ないですね。」 お医者さんというのは、何人もの患者さんを見ているわけで、患者さんによって対応を変えてもいけないだろうし、淡々と仕事をこなすことをより要求されている職業で、私が想像できないような強い精神力を要求されていると思う。 先生の言われた「切ないですね。」は、とっても淡々としていてあまり感情もこもっていないような、冷静な言い方ではあった。でもそこにほんとに感情がないのかというと、そんなことはなくて、悲しいけれど現実を受けとめて前には向かないといけないという意思があるような気がした。同情してくれているだけの言葉なら、「うん。切ないねえ。つらいねえ。」と少し大げさな言い方になったんじゃないかなと想像する。とても勝手な解釈かもしれないけど、先生のいった言葉には、逆に優しさを感じたようにも思う。 ずっと思っていることだけど、不妊治療をしていると皆さん優しいというか、普段より多くの人の思いやりに触れることができている気がする。自分よりかわいそうな相手だから優しくできる? いや、なんかそういう感じでもない。それを越えて進んで行こうという思いやりを感じることが多い。先生だって人間だし、実際お子さんのいらっしゃらない女性の先生もいて自分が持てなかった子供を持ってもらうお手伝いをしていると考えると、きっとつらいこともあるのではないだろうか。そこをつらいと考えずに、自分は子供を持てなかったから、是非きている患者さんには子供を持ってほしい、自分のようなつらい思いはできるだけ他の人にはしてほしくない、そういう考えで患者さんに接している先生もいるのではないだろうか。子供がいるいないは関係なくても、皆それぞれストレスは抱えていたりするわけで、そういう自分のつらい気持ちは隠しておいて、仕事なりをこなしている。だから「切ないですね。」といったときの先生の感情を過大評価はしていないと信じている。 かきだす手術は簡単に終わった。子宮の状態がもとに戻るまで、数カ月は不妊治療が行えないらしい。そりゃそうだとは思うのもの、だんだん歳をとってくるしで、この数カ月は痛いなと思いつつ、そんなこと考えても何も始まらないので、その間体を鍛えて、体温を上げることを心がけた。 それから数か月後、不妊治療を再開して体外受精を試みたものの、もう私の卵巣は疲れきってしまっていたのか、卵が全くとれないという事態に陥った。卵胞は左右で1個ずつ合計2個が育っており、ホルモン値等も悪くなかったのだが、いざ針をお腹に刺して卵をとろうとしたものの、結果卵がなかった。痛い思いをしてお腹に針を刺したのに卵がない。これはつらい。さすがに涙が出た。 体外受精はホルモン剤を飲むこともあり、私の体はこの治療にはもう限界かと思った。お金もかかるし、体外受精はもうやめようと思った。ただ不妊治療をあきらめる決心はつかない。 会社の先輩から「不妊治療をしてる人がいたけど子供はできなかった。河島さんもたぶんできないよ。」と言われた話を前にも書いた。もともと仲のいい先輩ではなかったし、正直とても傷ついた言葉だったけど、いや、私はそんなことはない、この先輩を見返したいという気持ちがあったのかもしれない。まだきっと可能性はある!その思いがどうしても消えなかった。 そして体を鍛えること数カ月、私は2度目の妊娠を経験できることとなる。
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