前回徘徊の話をしましたが、日にはよるものの母の認知症は確実に進行してきているなと感じます。脳というか体全体が衰えてきているという感じでしょうか。体の老化は止められないかと思うのでそれに比例しているようには思います。
体の衰えとして飲み込む力が衰えてきたと思います。食事の時のお茶を飲む量が増えてきたんですよね。母は特にトイレを気にして水分を控える傾向になったので水分をとること自体は喜ばしいんですが、食べ物を流し込んでるんです。もともと食べるのは遅いんですが、前以上に口の中で噛み続けています。飲み込めないから噛み続けるんでしょう。なので時々「お茶飲まないで飲み込んでみて。飲み込む力は鍛えた方がいいから。」というんですが、飲み込んでというとお茶を飲もうとする。「だからお茶を飲まないで飲み込んで。」と言うんですが、その日本語が理解できないようで何回もいってお茶を飲もうとするのでお茶を取り上げたりするんですが、そうすると「お茶も飲めないの!」と怒るんで困ったもんです。
認知症の進行としては、言った言葉が聞こえないのか理解できないのか、服を脱いでといってもそれがどういうことかわからないことが時々あります。朝に特に多いですかね。パジャマから着替えてもらおうとパジャマを脱いでといっても、固まってどうしていいかわからないのか目の前の服を逆に着ようとしたりします。何回かいってなんとかわかるという状況です。
あと口をふいたティッシュペーパーとか、ゴミ箱に捨ててというと、前はわかっていたゴミ箱がどれかわからず、それだけならまだしも扇風機を見て「これはゴミ箱じゃないよね?」と言ったりします。朝紙パンツに大量にオシッコがついていることがあるんですが、どうも失禁ではなくてわざと紙パンツにオシッコをしているようで、紙パンツにオシッコしていいの?というと「いいんじゃない?」との回答。パンツにオシッコしたらダメというと「じゃあどこでするの?」。この回答を聞いたときにこれはわざわざパンツにしていると確信しましたね。「オシッコはどこでするの?」と聞くと、まだなんとか「トイレ」と答えてくれてはいますが、トイレの場所も頭ではもうわからなくなっています。無意識の本能というか条件反射というかでなんとかトイレには行けている状況です。朝のルーティンとか会社までの通勤路とか、人間って半分くらいは無意識に行動してるなんていいますが、こうなってくると逆に無意識の行動ってありがたいなと思います。それがなかったら母はもう1人でトイレにいけませんから。
ただ皮肉なことに調子が悪いと頭がまわっていないから、おとなしいいいおばあちゃんになるんですよね。調子がいいと文句やイヤな言い方ばかりする。今日は文句ばっかりでした。昨日からショートステイで1泊して今日帰ってきたのですがショートステイ楽しかったようで何よりと考えるしかないですね。
最近オメガ3脂肪酸を摂取していないのでまたアマニ油でも買ってくるかと思いながら、基本的には今の食生活や運動はそのままでいくつもりです。
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