父親と母親 束縛と愛情

 今日は私の父親と母親のお話。比べるものでもないんでしょうが、今になってみて思うことが色々あります。昔は父親より母親の方が私への愛情が強いというか、私のことを考えてくれていると思っていたのですが、最近になってこれは逆だったのではと思うんですね。
 父親は小さい頃はおもちゃとか漫画を買ってくれたり、あまり怒りもせず優しかったのですが、高校受験を迎えた途端、レベルの高い高校で、その先は女だったら御茶ノ水大学に行けとか言い出したんですね。もともと自分のことを自慢ばかりする父親で、娘がレベルの高い学校に行かないと自慢ができないというだけの観点だと思い、この後1年に渡り最大の反抗期を迎えることとなります。
 母親も母親で忘れもしない私が9歳の時。私が仲の良い友達を喧嘩をして、どうやって仲直りしていいかわからず母親に相談をしたところ、母親は一言「そんな子、友達やめなさい。」この人に私の気持ちはわからないんだなあと思った瞬間で、この後は何かあっても母に相談することはなくなりました。ただ高校受験のときには、母は私が行きたいと思う高校なら別にどこでもいいよといってくれました。当時の私は私の気持ちを尊重してくれた、母の思いやりだと思っていました。
 ただ長年母を見ていて、母は自分で物事を決めることをできるだけ避ける人なのだと気がつきました。その方が他人のせいにできて責任を負わなくて済むので賢い方法ではあるかもです。そう考えると、高校をどこでもいいといったのは、私への配慮というよりは、自分で決めたくないというだけのことだったのではないかと思うようになりました。
 逆に父を見ていると、私が誕生日にスウェットの上下をプレゼントしたところ、家でそのスウェットをずーっと着ていました。下着の上に着るとはいえ、2週間くらい着ていてさすがに洗濯したら?といった記憶があります。色々なことをよく教えてくれたのも父でした。自分がいいと思う方向に進んでほしい、そういう束縛は愛情の一つなのかもしれないとふと思いました。
 父は令和元年に亡くなっています。今さら父に何もいえない、何か言いたいときに親はなしなんていう通りではありますが、少しは愛情を返せていたらいいなと思う次第です。
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