認知の風 その16 2年の辛抱

 母が東京に来て2年が経ちました。当初とにかく何を言っても反抗的で、毎日毎日怒鳴り散らすような日々だったわけですが、主治医の先生から「2年の辛抱です」と言われていたんですね。
 2年経つとそれなりに病気が進行する。認知症という病気は最初と最後が大変だといわれるようで、途中は「ハネムーン期」なんて言われるそうで、比較的穏やかな日々が続くからということらしいのです。そこに行くまでが2年と。
 ところがもともとわがままな性格もあるのか、2年経っても全然穏やかにはなりませんでした。記憶力は逆にあがってきたようにも思うし、何かあると「東京はあわない。実家に帰る。」も始まります。
 やたらと「責任」という言葉を使うんですね。例えばメガネを部屋に置いたままでかけずにご飯を食べにくるので、「部屋からメガネ取ってきて。」というだけで「メガネかけないといけないの!?」とか「メガネがどこにいったかわからない。」とかいうから「ただ部屋から持ってきてないだけで、いつもの場所にあるでしょ。」といっても「そういえば猫ちゃんが遊びにきて持っていったかも。」とか言い出します。こうなると否定は良くないとは思いつつ、「猫がそんなことするわけないでしょ。見えないと困るんだから、早くメガネとってきて。部屋から持ってきてないだけだから。」とこちらも強くいってしまうと、「私の責任ですか!? なんでも私が悪いんですね。」と、責任と私が悪いが口癖なんですね。自分が責任を負いたくないという気持ちが強いっていうことですかね。例えば野菜を切るのを手伝ってもらうときに、細目に切ってねというと、「細く切れなかったら私の責任ですか。」と始まりますから。
 同じ病気の介護をされている方は皆さんおつらいとは思うのですが、この怒鳴り散らしたり反抗したりということがなくなっておとなしくなってくると、一見「あーよかった」とは思うわけですが、それは病気が進行しているということでもあるとは思うのです。なんともですよね。おとなしくなってほしいのに、そうなるとそれは病気が進行しているサインでもあるとは。
 ただハネムーン期を長く続けることができればそれはそれで悪くないかと思うのです。最初と最後が大変ならば、間を長く保てるようにするのもひとつです。
 東京に来て4年経った今でも、まだ怒鳴り返されたり、何かあるたび「東京は合わないのよ。」と東京のせいにばかりしたりするのは続いています。従順なことも増えてはきているので、きっと母は今ハネムーン期に入ったのだとは思います。緩やかに病気も進行している証拠ですが、現在83歳、健康診断はオールAで体はとても健康だし、足腰もしっかりしていて、先日先生からも「長生きしますよ」と言われました。正直複雑な気分ではありましたけど、今の食事や生活習慣を続けていこうと思います。
 
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