認知の風 その4 父の影響

 施設に入っていた父のところに行くのが母の毎日の日課だったわけですが、それがなくなる時がきました。父の施設にいって何をするわけでもないのですが、そのことが生きがいとして母を支えていたようで、それをきっかけに母の認知症が少し進行したように思います。
 変わらずに一人暮らしをしていた母は、食事はもっぱらお惣菜が多くなってはいましたが、数か月して私が家に行くと、何もつけないそのままの食パンと大きくちぎっただけの生のキャベツを、お箸も使わずに手で食べていました。ちょっと驚きでした。部屋にはお菓子の箱がちらばっています。
 担当してくださっていたケアマネージャーからの連絡も増えていきました。洗濯をしている形跡がない、ゴミを捨てていない、お風呂に入っていない、等。ゴミは家事代行さんに入ってもらって捨てるようにして、週1回ですが朝からのお風呂と昼食のついているデイサービスに行ってもらうようにしました。デイサービスも嫌がるんですよね。本人にすると自分はなんでもできるし、何をしに行くのかわからないとか、自分のことをバカにするスタッフがいるとか。最初の頃はお迎えにきたスタッフの方に30分くらい説得して連れていっていただいたこともありました。
 健康診断も受けておらずで、ケアマネージャーさんに付き添っていただきなんとか受診はできたのですが、とうとうそこで「栄養不良」との診断を受けました。血が薄く、タンパクも低いけれど血糖値だけは高いという、糖や炭水化物しかとっていない典型的な栄養不良の結果だったようです。
 さすがに限界かと思い、母を東京のうちに呼んで同居することを決めました。父が亡くなったときから、功ちゃんも「お母さんを東京に呼んだら?」と言ってくれてはいたので、問題はなく3人での東京での生活が始まることとなりました。
 この時に読んだのが、デール・プレデセン氏の「アルツハイマー病 真実と終焉 革命的治療プログラム」です。専門影向もあって私には難しい本で1冊読むのに3か月ほどかかりましたし、きちんと理解できているかはわかりませんが、我流でこれを実行していくことでかなり病気の進行を食い止められたと思っています。
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