卵巣嚢腫の治療をどうするか。ホルモン療法か、手術をするか。 私は薬をあまり飲んでこなかったというか、自分は薬には弱いと勝手に思っている。まわりの人はホルモン療法という意見が多かった印象だけど、ホルモン剤なんて飲んだら、私の体はどうなるのか。とんでもないことが起きるような気もしてならない。まわりは手術は怖いという意見が多いが、私は昔盲腸の手術を経験しており、さほど抵抗もない。そうすると、やっぱり手術を選択する方がいいか。 しかしそもそも治療をする必要があるのか? 閉経までやり過ごせばそれで済む。もっと痛みに耐えられなくなってからでも遅くはないのでは? 4.5㎝は軽い方では? そこでふと思う。私は将来、この先の人生、家族設計をどうしたいのか。気がつくとかなりの年齢になっている。子供を欲しいとか作るとか、全然考えてこなかったけど、そろそろ考えないとまずいのではないだろうか。 20代の頃。結婚も子供を作るなんてことも、全く考えていなかった。そんなことより旅行したいとか、友達と遊びたいとか、やりたいことがたくさんあって、自分の人生に夢中だった気がする。その反面、会社に入社して仕事を始めたばっかりで、何かまとまった業績をあげたわけでもなく、まわりから必要とされているという実感も、会社に貢献できているという自信も何もなく、今、産休と育休で1年間休めば、帰ってきたときに私の席はもうない、という状況が想定できた。1年休んでも、「戻ってきて」と会社からいわれる人間にならなければ、子供なんて作れるわけもない。そんな不安もあった。 ただ今から思えば、自分はいつでも子供を作ることもできるという自分への過信から問題の先延ばしをしていただけだった。 2018年に引退された安室奈美恵さんは20歳で出産され、育休のあと復帰されたが、彼女のように若くして出産して、育児休暇後に仕事に復帰する方が良いと、強く思う。例え出産時に会社を辞めることになったとしても、20代ならいくらでも再就職できて人生の再設計も可能だろう。体力もあるし、若い時に頑張る方が断然いい。 以前に若い時に出産するのと、歳をとってからするのとで何がメリットデメリットかという記事を読んだことがある。若い時だとお金がないので、特に一番お金のかかる保育園時代が大変だとか、親が若くて経験も浅いため、育児ノイローゼにもなりやすいといった不安があるというのを読んだこともあるが、メリットの方が大きいと私は思う。 「子供は欲しい。」自分が卵巣嚢腫になって、追い詰められて、やっと根本的な答えにたどりついた。子供は好きで、子供からも好かれる体質だと自負しているし、女性として生まれた以上、子供を産めるというのは男性にはない特権だと思う。女性として生まれた以上は子供を産むべきではないか。最後は特に理由のない、自分の本能でかそう思った。 では子供を産むのにどうしたらいいのか。もうあまり時間もない気がする。ホルモン療法だと半年以上はかかるし、その後も体が安定するかわからない。先生からも子供が欲しいなら手術した方がいいといわれていた。ここまでくると決断は早かった。 手術しよう。先生に伝えた。「お腹を切ってください。」 手術を決めた日の病院からの帰り道に、功ちゃんがいった。 「お腹切ってくださいって、あなたすごいね。切ってくださいって、怖い怖い。」 「そう? 昔盲腸の手術したことあって、麻酔は痛くなかったし、一瞬で意識失って気がついたら、とっくに手術終わってたよ。その夜はなんかちょっと苦しかった記憶があるけど、翌日からはわりと元気で、入院中の1週間がもう暇で暇で。あと、笑うとお腹痛いんよね。だから笑えないというか、おもしろいこと言われて、お願いだから笑わさないで、と訴えながらも笑ってしまって、お腹痛い痛いといつもいってた。」 「いや、手術はまあそれなりに終わるんだろうけど、そもそも自分の体を切るって自分からいうのがさ。切ってください、って切腹か。俺は怖いわ。絶対、無理。」 まあ男性は一般的に血にも弱いし、痛みには女性の方が強いので、功ちゃんのような男性は多いのかもなと思った。 それにしても手術前の説明会っていうの? 病院側がリスクの説明をしないといけないのはわかるんだけど、やれ腹腔鏡でやるので傷口も小さくてすむけれども、メスが突き抜けて、余計なところを切るかもしれないとか、よくもまあ、そこまで悪いことばかり並べたてられるなと感心はした。あげくに、万が一出血が多いときは輸血をしますが、輸血する血液はHIVに感染しているリスクもある、とまで言われたときにはさすがにちょっとキレて、「エイズになるかもしれませんが、それでもいいですか?ってそんなこと言われて、はいっていえるわけないでしょ!」と説明していた若い女医さんを怒鳴りつけた。そのあと、もう少し上の男性の先生が出てきて「河島さんの場合はまず輸血は必要ありませんし、万が一輸血しても、感染症も大丈夫です。」といってくれて、了解したっけ。 手術は結構長くて、5時間もかかった。なんでも卵管や腸で結構癒着があったらしい。癒着のせいで4.5㎝しか腫れていないのに、こんなに痛かったんだとなんとなく納得した。術後は痛みはそれほど気にならなかったが、痛み止めのせいでか、胃が悪くなり、退院した後も、吐き気が続いた。ただそのおかげで少しいいこともあった。 10年吸い続けていた煙草をやめた。やめるつもりはなく、常に煙草は持ち歩いていたのだが、胃が気持ち悪くて吸う気にならず、気が付いたら半年経っていた。そしてさすがにもう吸わないかと、とうとう煙草を捨てた。 こうして私は全てをリセットして、健康に向け、子供作りに向け、進みだした。
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